ABOUT THIS BUILDING

旧・尾西繊維協会ビルの歴史と背景

(解説:栗本真壱/栗本設計所)

ビル外観

旧・尾西繊維協会ビルは、毛織物の黎明期だった昭和8年に、尾西織物同業組合事務所として建築されました。当時、市内には名古屋銀行一宮支店(現オリナス一宮)、一宮市役所本庁舎(2014年解体)のような近代的な建物は数少ない中、昭和5年頃の国島商店ビル(現存せず・設計施工:清水組)につづいて当時持てる建築技術の粋を集めて建設された建物です。

ビルの外観は、濃い茶系のスクラッチタイルに白い隅石で縁取られた外壁、ゴシック風のアーチ窓とヘリンボーン柄に貼られたタイルが印象的です。また、階高の大きな大会議室が3階にあるので、それをそのまま外観へ反映させると上層部が大きくなりバランスを欠く印象になりますが、1・2階部分をゴシック風アーチ窓で縁取る事で、垂直方向に伸びたスマートなプロポーションに整えています。

旧・尾西繊維協会ビル データ
設計・施工:清水組名古屋支店 竣工年:1933年 構造規模:RC造/地下1階地上3階 延床面積:1,021㎡

旧・フロア概要

尾西繊維協会ビル外観

1階は、このビルを管理する事務室を中心に、組長室、2つの応接室、文書庫、宿直室で構成されていました。
中でも文書庫は、重厚な扉と鉄格子の二重扉となっており、厳重な保管状況だったことがうかがえます。
文書庫の右扉には、金庫錠が破壊された盗難被害の痕跡が今も残っています。

昭和天皇の僥倖時に使われた2階の貴賓室

2階は、貴賓室、検査員・組合員和室、試験室でした。
昭和21年(1946年)の昭和天皇の尾州行幸の際、貴賓室を使用され、その際に座られた椅子が現在でも残っています。
試験室は、この建物の大きな目的のひとつであった「粗製品防止の為の製品検査」のために使われ、尾州ブランドの発展に大きく貢献しました。

3階の会議室では新製品発表会やパーティーが行われていた

3階は、会議室、陳列室、委員和室で構成されていました。
会議室には、歴代組合長の肖像画、振り子時計、黒電話など、当時の調度品が今も残っています。
陳列室は、会議室で行われる新製品発表会の展示や、パーティーの際には配膳室としても利用されていたようです。

地下1階のボイラー

地下1階は、旧・ボイラー室。
竣工当時は温水循環方式の暖房設備が各室に設置されており、ここで温水を作っていました。
また、作業環境を向上させるためのトップライトも設置されており、当時のボイラーや、併設された石炭庫も残っています。

屋上の塔屋

屋上の塔屋や煙突にも外壁と同じスクラッチタイルが貼られ、徹底して建物全体の意匠性をまとめ上げています。
当時から濃尾平野を一望できる眺望を誇り、現在でも名古屋駅の高層ビル群を望むことができます。

竣工当時の青図

当時の青図も保管しています。
合資会社清水組設計部設計、工事名 尾西織物同業組合事務所、昭和7年8月31日製図、昭和8年10月14日謄写、などと書かれているのが分かります。